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4月3週目の『ほげもげ星人』

 


◆某日
14:45

余計なことが頭に浮かび、それを真に受けてしまう一人芝居。「それ、余計なことやから。真実ではないから」と、自分にツッコミ直す。とくに、私は「こう言う人」と自分に言っているときは要注意だ。こういうことって、すごく自然にやってしまっている。でも、浮かんでしまったことの内容は真実ではないにしても、浮かんだこと自体は事実なので、「…って今、浮かんだ」と流せばいい。

 

 
◆某日
15:45

さきほど『あけくれ』に饅頭は饅頭を呼ぶ──と書いて、ふと思った。いただきものって重なることが多い気がする。筍が筍を呼んだこともあったし、嘘みたいだけど、らっきょうがらっきょうを呼んだこともあった。いろんな種類のコーヒーを、一日で飲めたこともあったし、トマトが3連チャンってこともあった。私や家族に必要なものを、よそさんを使って、何者かが運んでくれるかのごとく。

お金持ちの人って、お金がお金を呼び合って集まってくるに違いない。

 

長男のゲーム好きに制限を掛けるってことに、やはり違和感を覚える。ただし、目に良くないのは確かで、ゲームをはじめてから、あれよあれよとボンの視力が落ちている。この事実一点だけを根拠に「ええ加減に止めいや」と声を掛ける。毎日の、たゆまぬ私のこの声がけのために、あの子は、ゲームをすること自体に背徳感を覚えるようになるやろうなぁ。いや、すでにそんな感じだ。

だったら、何も言わなかったらいいのに、つい言ってしまうのは、私が夫に怒られたくないという、くだらない、実にくだらない理由があるのだ。子供のつまらぬ壁になってどうするのだ。

制限とは、自分自身で、自分を盛り上げるために使えば、めちゃくちゃおもろいことになる。昔、矢野顕子がピアノの間にカッターを挟んで練習したとかいう噂を耳にしたことがあったし、GACKTが大好きな米断ちをしていることが、人気が出た根拠にしていた話をテレビで見たことがあるが、自身で積極的に掛ける制限って、ポテンシャルをガガガッと底上げする力があるように思える。

でも、それが、人から押し付けられたものであったり、知らず知らずに自分で掛けてしまう制限というのは、十分注意しないと、先ほどの真逆で生命力を損なう。真綿で首を締めるみたいにじわじわと。

 

 
◆某日
15:30

今日は子供のお友達のおばあちゃんから、三色団子をいただいた。やっぱり饅頭は饅頭を呼んでいる。こういうどってことないことでも、妙な法則性が働いているのが愉快だ。

そのせいなのかわからないが、昨夜、夫から、えらい打ち明け話を聴かせてもらえて盛り上がる。マジかマジか。

 

 

 

 

 


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